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2008/05/07 日記<スバル・トラヴィック>
スバル・トラヴィック
トラヴィック (TRAVIQ) は、富士重工業|スバルが販売していた7人乗りミニバンである。姉妹車としてオペル・ザフィーラ(Zafira、初代モデル)があり、日本ではヤナセにより販売されていた。
概要
2001年8月、スバル初のミニバンとして日本で発売された。2001年当時、富士重工はゼネラルモーターズ(GM)の傘下にあり、同様にGMの子会社であるドイツ・オペルのオペル・ザフィーラ|ザフィーラ2.2Lモデル右ハンドル仕様のOEM供給を受けたものである。オーストラリア・ホールデン社のテストコースなどにてスバル実験部隊にて独自のチューニングも盛り込まれて開発され、ゼネラルモーターズのタイ王国|タイ工場で生産のうえ、GMジャパンを通じて輸入、六連星バッジを冠したスバルブランドとして販売された。タイ国に建設されたGMのタイ工場で生産されるザフィーラ(つまり、のちのトラヴィック)を安い価格でアジアを中心に展開するという戦略はもともとGMのアイデアだった。その戦略は先ずヤナセに打診されたが、2000年から約80万円前後高い価格でザフィーラを販売しており、低価格・大量販売のノウハウを持たないヤナセはGMのその申し出を拒否。そこでGMは1999年に資本提携をした富士重工に白羽の矢を立て、その結果トラヴィックが生まれた・・・というのが真相のようだ。とにもかくにもこのクルマの最大の特徴のひとつは、ドイツのアウトバーンを7人フル乗車状態で時速170km/hで安全に巡航・長距離移動ができるように設計されていることで、全車トラクションコントロール、EBD機能付きABS、ドアロック自動解除機能を装備するなど、その安全性・高速走行でのスタビリティは高く、当時の日本の同クラスの車種とは異質のものを持っているといえる。これは姉妹車であるザフィーラの設計開発段階でポルシェが関与し、主に車体の操安性やサスペンションチューニングなどを監修、それらを徹底的に追求した結果だと言われている。発売後、スバルの代名詞ともいえる4WDや水平対向エンジンがなかったことから旧来のスバルファンからは「スバルらしくない」と揶揄されていたが、ドイツ出身らしく実力の高さはなかなかのものであった。そんなトラヴィックも2004年末にベース車・ザフィーラの生産終了(生産終了したのはタイ工場のみ。ヨーロッパ全域で、ザフィーラは現在も最もよく見られるミニバンである)に伴い、販売を終了。販売累計台数はおよそ12,000台であった。これにより、スバルの国内ラインナップには登録車のミニバンがなくなったが、2008年6月にスバル・エクシーガ|エクシーガという新しい独自開発のミニバンを発売した。国産車における内装や仕上げの過剰品質、不必要なシートアレンジを捨て、走行性能や車体剛性を重視する点は興味深く、発売当初数年間は自動車評論家の間ではミニバンのベストチョイス車とされていた。また、批判の的となったダイヤル式無段階調整式リクライニング機構だが、微調整出来る点やチャイルドシート使用時などの安全性には寄与していた。
グレード
デビュー当初は以下の3グレードで構成
Lパッケージ Lパッケージには、ヘッドランプ・ウォッシャー、SRSサイドエアバッグ(前席)、アクティブヘッドレスト、リモコン付きステアリング、ルーフレールが標準装備される。またインフォメーションディスプレイがマルチ表示(燃費や外気温等)タイプとなる。足回りは標準グレードと同様で、タイヤも195/65R15だが15インチアルミホイールが標準となる。
Sパッケージ Sパッケージには、スバル独自のエアロパーツや専用サスペンションセッティングによるスポーティな足回り(ザフィーラ欧州仕様)、VR規格の205/55R16サイズのタイヤが与えられた専用16インチアルミホイールがついてくる。また、内装も本革巻きステアリング、メタル調パネル、AM/FM/MDプレイヤー、ボディ同色モールなどがこのグレード以上には標準装備され、スポーツタイプのシートがこのグレードのみオプション設定される。
標準(=Cパッケージ) 標準ではオーディオ、プライバシーガラスが装備されていない。足回りはザフィーラよりダンパーの減衰力を弱めて、低速の乗り心地を向上させている。2002年に一部グレード改廃でLパッケージを廃止し、最上級グレードにSLパッケージ(Sパッケージにルーフレール以外のLパッケージの装備を追加したグレード)を設定。2003年の小変更ではウィンカーとヘッドライトのレバーを国産車と同様の配置に入れ替え、2列目席にリクライニング機構追加、2列目中央席への3点シートベルト装備、ドアミラーの電動格納機能の追加、リヤコンビネーションレンズの意匠変更(ターンランプ部分がクリアーになった)などを行ない、1.8LモデルのAパッケージも追加された。2004年11月、GMタイ工場での(2004年12月末付け)ザフィーラ生産中止に伴い、日本国内の現有在庫車を最後にトラヴィックの販売を終了された。車名の由来
車名のTRAVIQは、TRAVEL(旅行する、移動する)、QUICK(動きの速い、機敏な)という2つの英単語を組み合わせた造語である。オペル・ザフィーラ
欧州ブランド車としては最初の小型ミニバンとして1999年に発売された。オペルの小型乗用車アストラがベースに開発されており、3列シートを持つ。3列目は2列目に収納され、荷室を広く取ることが可能。2005年には2代目モデルが発売された。ザフィーラとは「サファイア」の造語。日本でのスバル・トラヴィック(初代モデルのみ。販売終了)のほか、英国ではヴォクスホール (自動車)|ヴォグゾール、タイ・台湾・ブラジルなどではシボレー、豪州ではホールデン (自動車)|ホールデン、といったブランド名でも販売されている。 日本での販売
Zafira-A
2000年4月、ヤナセによる輸入・販売が開始された。エンジンはアストラなどに積まれるX181という1.8Lで、それに4ATを組み合わせたCDXグレードのみで展開された。2001年モデルよりZ18というレギュラーガソリン仕様のエンジンに変更され、10馬力パワーアップした。対面交通|右ハンドルではあったが、その設計には粗雑さがみられた。一例として、装備されていたワイパーは左ハンドル用のものであり、雨天時等における視野は助手席側が優先するものだった。販売価格に関する問題
2001年8月、ザフィーラのOEM(バッジエンジニアリング)である「トラヴィック」がスバルから発売された(本記事・概要を参照)。同車は上級の2.2Lエンジンを搭載、装備においてもザフィーラに優っていた(但し、ザフィーラにおいてはサイドエアバックが標準装備)も関わらず、その価格設定は50万-100万円程度安価なものであった。同型輸入車の間でのあからさまな販売価格の逆転は、日本における外国ブランド車の価格設定におけるプレミアム|プレミアム価格(上乗せ金)の存在を如実に示すものとして話題になった[http://allabout.co.jp/auto/carbuying/closeup/CU20010827/]。このような状況のもと、ヤナセによる販売は累計3,300台程度をもって2001年12月に中止となった。
Zafira-B
2005年12月、ゼネラルモータースの日本法人(日本ゼネラルモーターズ等)により2.2Lガソリンエンジン仕様の輸入・販売が開始された。翌2006年、オペルブランドの日本市場撤退に伴い販売中止。2代目モデルの登録台数は、約500台であった。(SPORTのリコール台数133台より推定。CDの台数不明。) その他
関連項目
富士重工業
オペル
スバル・ドミンゴ(実質的な前代機種)
スバル・エクシーガ(実質的な後継機種)
オペル・ザフィーラ
スバル・トライベッカ
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