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2008/04/27 日記<スバル1000>
スバル1000
スバル・1000は富士重工業が1966年から1969年まで生産していた乗用車。
水平対向エンジン、センターピボット式ステアリングなど、そのメカニズムや基本性能はライバル車と大幅に異なるもので、なおかつ「1,500ccクラス並み」と謳われた室内ユーティリティを生む優れたパッケージングやかつての航空機製造技術に基づいたユニークかつ合理的なエンジニアリングは、後に「スバリスト」と呼ばれる熱狂的なスバル愛好家を生むきっかけとなった。
概要
1966年5月、富士重工業初の小型車、スバル・1000が発売された。開発の総指揮はスバル・360に引き続き、百瀬晋六|百瀬晋六が担当した。スバル・360で自動車産業への進出に成功した富士重工業は、小型車市場への進出を狙い、スバル・1500|P-1計画中止以後も社内で検討を重ねていた。その成果は、1960年に、開発コード「A-5」と呼ばれる、空冷4サイクル水平対向4気筒1,500cc、クリフカットの特徴的なエクステリア・デザインを持つ小型車に具現化し、前輪駆動|FF方式、フロント:ばね|コイル/ダブルウィッシュボーン式サスペンション|ウィッシュボーン、リヤ:コイル/独立懸架|トレーリングアームのサスペンション形式、サッシュレスウィンドウなど、のちのスバル・1000や富士重工業製の小型車に引き継がれる意欲的な技術の雛形が、この「A-5」計画で初めて提示された。しかしP-1計画と同じく、当時の富士重工業の企業規模ではトヨタ自動車|トヨタ、日産自動車|日産などの先行他社に、1,500ccクラスでは太刀打ちできないと判断。生産化に至らなかった。「A-5」計画中止後、新たに「A-4」と呼ばれる「A-5」より一回り小さい小型車の計画がスタートし、排気量800cc程度、全長3,500mm、全幅1,400mm、車両重量500kg、価格40万円以下を目標に検討が開始された。1963年、「A-4」計画は、排気量923cc、FF、全長:3,885mm、全幅:1,400mm、ホイールベース:2,400mm、トレッド(前)1,230mm(後)1,220mm、車両重量650kgという具体的なパッケージングが決定され「63-A」として商品化に向けた開発に移った。この「63-A」計画が、富士重工業初の小型車「スバル・1000」として世に出ることになる。開発に当たって、スペース効率と、静粛性能|静粛性、振動には特に留意され、早期から水冷4サイクル水平対向エンジンとトランスミッションを縦置として、等長のドライブシャフトを用いたFF方式というパッケージングを核に開発を進める事が決定された。その基本メカニズムを「A-5」を下地としながらも、サスペンションのスプリングにはスバル・360と同じくトーションバー(ねじり棒ばね)を採用することによるスペース効率とコストダウンの両立、急坂登坂などFF方式の難点だった摩擦力|トラクション確保と軽量な車重の両立のために、スペアタイヤ、ジャッキ等の工具類までエンジンルームに収納し、フロントに全車重の60%程度の荷重を集中させることや、パワーロスがなく静粛性能|静粛性に優れた「デュアルラジエター」の開発、さらに、完全なフラット・フロアの実現のために、排気管を運転席側サイドシルに配置するなど、スバル・1000の特徴となる、非常に合理的で独創的なメカニズムの数々が徐々に形成されていった。- 一方、FF方式成立の要となる、フロント・ドライブシャフトの等速ジョイントについては、NTN|東洋ベアリング(現:NTN)との共同開発から、画期的な「D.O.J(ダブル・オフセット・ジョイント)」の開発に成功。ばね下重量を軽減するインボード・ブレーキ、独立懸架|四輪独立懸架の採用と相まって、従来のFF車の常識を覆す、滑らかで正確な操縦性と乗り心地、そして耐久性を実現した。 スバル・1000は、国産自動車メーカーのFF方式への関心を高めたのみならずアルファロメオ|アルファスッド、シトロエン・GSの開発に多大の影響を与え、当時の2社の工場にはスバル・1000の残骸が多く見られた。発売当初は、トヨタ・カローラ、日産・サニー、マツダ・ファミリアなどがしのぎを削る小型車市場で、販売網の脆弱さから販売は立ち遅れたものの、伊藤忠商事との販売提携、またエンジニアリングの理想を追求したメカニズムから「スバリスト」と呼ばれる熱心な信奉者を生み、徐々に販売台数を伸ばし、1969年3月には月販台数4,000台超と、カローラ、サニーに続き小型車市場の一角を確保。富士重工業の自動車メーカーとしての基盤造りに大きく貢献した。スバル・1000の「D.O.J」の開発成功により、1970年代からの世界的な小型車のFF化への潮流が決定的になったことは、自動車の歴史において特筆に値する出来事である。1969年3月にはボアを4mm拡げて1,088ccとしたスバル・ff-1シリーズへ移行した。
変遷
西暦 | 月/日 | イベント | 1965年 | 10/21 | 「東京ヒルトンホテル」(現:東急ホテルズ|キャピトル東急)で行われた報道関係者向け発表会で初披露 | 10/29 | 東京・晴海で行われた、「第12回東京モーターショー」に参考出品 | 1966年 | 5/14 | 「プリンスホテル|高輪プリンスホテル」で「スバル・1000発売発表会」を開催。東京・愛知・大阪の3都府県での販売を開始。型式名:A522 | 6 | 全国14府県に販売展開 | 7 | 全国展開完了 | 10 | 3点式シートベルトをオプションで設定 | 1967年 | 2/15 | 「スバル・1000 2ドアセダン」発売。型式名:A512 | 6/10 | マイナーチェンジ。型式名を「A12」型に統合 | 8 | スバル・1000保証期間延長。2年間または5万km | 9/14 | 「スバル・1000 4ドアライトバン|バン」発売。47.5万円(スタンダード)、52.5万円(デラックス) | 11/1 | 「スバル・1000 スポーツセダン」発売。62万円 | 1968年 | 8/1 | 「スバル・1000 2ドアバン」発売。44.8万円(スタンダード)、49.8万円(デラックス)型式名「A41」。2ドアセダン、4ドアセダンデラックスにフロアシフト車を設定。「スポーツセダン」に2系統油圧経路ブレーキを採用。 | 9/23 | スバル・1000スポーツセダン「第10回日本アルペンラリー」でクラス優勝 | 11/1 | 「スーパーデラックス」フロアシフト車追加。54.5万円(2ドア)、58万円(4ドア) | 1969年 | 3/1 | 「スバル・ff-1シリーズ」に移行 |
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主要諸元
| 型式 |
A522 |
価格 |
58万円(スーパーデラックス) |
| 全長×全幅×全高(mm) |
3,925×1,480×1,390 |
ホイールベース |
2,400mm |
| トレッド(F) |
1,225mm |
トレッド(R) |
1,210mm |
| 最低地上高(mm) |
185 |
車両重量(kg) |
695 |
| 0~400m加速(sec) |
21.0 |
最高速度(km/h) |
130km/h
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エンジン |
トランスミッション |
エンジン型式 |
EA52 |
駆動方式 |
縦置きエンジン|縦置き二輪駆動|FF |
種類 |
水冷水平対向4気筒OHV |
シフトタイプ |
コラムシフト前進4段・後進1段 |
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